考えるってどういうこと?

うーん、このままだと暗い未来しか見えない…
もっと参考書読んで、勉強して、知識を身に着けなきゃ…

おはよう!おさかなくん。
なにか難しいことを考えていそうだね。
勉強熱心だなあ。

あ、くらちゃん!
今ね、どうしたら自分の未来が良くなっていくか、考えていたんだ!

そうなんだね…
ってうわ!?すごい量の参考書!!
これ全部読んでいるの??

えへへ✨️
失敗したら嫌だからね!
まずは半年かけて、本を読んでいるんだよ!

あらら…
おさかなくん。努力はいいことだけど…
ちゃんと行動してる?

行動といえば、本なら読んでいるけど?
自己啓発的な話?
ぼくそういうの信用していないんだよね。
考え続けることの落とし穴
考える力を大切にすること。それはとても素晴らしいことです。
正しい判断をするために、失敗しないために、周りに迷惑をかけないために。
または、怒られないために。
けれど、あるときふと、気がつくことがあります。
“考えているのに、前に進めていない”
“知識は増えたのに、物事が何も好転しない”
そんな感覚に。
考え続けることの落とし穴
考えることは、本来は前に進むための道具です。でも、考えすぎると、いつの間にか”理解から遠ざかる”ことがあります。
なぜなら、知識は自分の頭に蓄積されるけど、心の経験、体感の経験としては、置き去りになるから。
頭だけが先走りし、心が追いつかず、やがて二つが大きくズレ始める。その小さなズレが、現実世界に思わぬ弊害を生みます。
- 判断に自信が持てない
- 正解がわからない
- 人の気持ちが読めなくなる
- 不安が消えない
考えれば考えるほどに、霧が濃くなる。
いわば、脳のエネルギーを大幅に消耗して、自分の肉体の変化に気がつけていない状態です。
知識と理解は別物
知識は外から手に入れるもの。
理解は、内側で育てるもの。
似ているようで、本質が全く異なります。
知識が増えても、理解が育つとは限りません。人は、自分の心で物事を経験しない限り、本当の意味でわかった状態にならないからです。
だからこそ、今の社会では混乱が起きています。
情報が溢れているのに、理解が追いつかない。
便利になったのに、真偽の判断や取捨選択に消耗してしまう。
知っていることが増えた分だけ、”分かっていない自分”が浮き彫りになります。
これはいわば、不安や恐怖の感情から、知識を集めてしまう状態です。
そして孤独になる
考え続けているのに、理解できていない。
知識は膨らんでいるのに、心は置き去り。
これでは、他者に助けを求めたりなんて、到底できないですよね。
そんな状態が続くと、人は孤独になります。
- 何を信じればいいのかわからない
- 誰と話をしても、通じない
- 自分の気持にさえ触れられない
「考える」という行動が、気づかないうちに自分を閉じ込めてしまうことがあるのです。
心が理解した瞬間、霧が晴れる
このような絶望の最中でも、救いがあります。
それは、言葉でもなく、理屈でもなく。
体験や感情が腑に落ちた瞬間。
この瞬間だけは、どれだけ考えても、得ることはできません。
己の心でしかたどり着くことができない領域です。
考えるだけでは、”自分の人生、他者”は動かない
「考えること」は否定しなくていい。でも、それだけでは不十分なのです。
理解するためには、ときには立ち止まり、ときには体験し、ときには傷つくことさえ必要です。
人生は、頭で組み立てるものではなく、心で感じて育てていくものだから。
これは自分も他人も、一緒です。
理解が生きるための本質
この世界では、情報も知識も、調べれば簡単に手に入ります。
でも、本当に大切なのは、“理解する力”です。
考えるだけでは、エネルギー不足になり、同じことの繰り返しで自己嫌悪に陥りやすい。
理解という炎が心に蘇ったとき、初めて人は前を向き、他者にも心から優しくできる。
考えたら、少し行動。
このサイクルをあなた自身が育ててあげてください。

よく考えたら、ぼくはテストを受けるわけでもないのに、
常に百点を取ろうとしていたよ。

そうだね。気がつけたことは進歩だよ。
重要なのは、そのうえで、少しづつ実践してみること!
なんでもいいのさ。
僕たちは生きているってこと、くれぐれも忘れないようにね。

うん!
これからはもっと自分に優しくしてみるよ!
とりあえず疲れたから、明日は24時間ずっと寝てるんだ!

う…うん。
(極端だな…まあ幸せそうならいいか)

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