「気にし過ぎじゃない?」そんな言葉にうんざりしていませんか。

何をしてもつまらないあなたへ

ずっと抱えてきた温度感の違い

おさかな
おさかな

そんなつもりで言ってないのに、いつも誤解されて、決めつけられる感じがするよ〜

くらちゃん
くらちゃん

なんだかモヤッとするよね。

自分が伝えた言葉が、意味を変えて伝わって苦しんだ経験はありませんか。

「そんなつもりで言ってない」「誤解しないでほしい」

その苦しみ、とてもわかります。

自分は相手を傷つけたくなくて言い方に気をつけたり、黙ったり、聞き役に徹しているだけなのに。

  • なんで黙ってるの?
  • そんなだから嫌われるんだよ。
  • この間こんなこと言ってました!(みんなの前で面白おかしく晒される)

理不尽で、やるせなく、腹立たしいですよね。

しかしながら同時にあなたは、このようにも思っているのではないですか?

「自分がおかしいのかもしれない」「過剰に捉えすぎているのかもしれない」

でもね。実際は、あなたは何も間違っていないし、自分がおかしいわけでもないのですよ。

心が閉じているとき、人の言葉は「攻撃」に聞こえる

あなたが感じたその気持ちは、とても深く、そして正しい”感覚としての反応”です。

あなたは、自分が責められていると感じてしまう心の状態にいるだけなのです。

ここを履き違えないでください。

あなたの脳が、エネルギーを使い果たして省エネモードになっているとき、以下のことが起こります。

  • 監視されている
  • 見張られている
  • 評価されている
  • 弱さを指摘された
  • 心を読まれた
  • 土足で侵入された

その結果として、「弱いと思われている気がする」という感覚が生まれます。

これは、心が過敏になっているときの完全に正常な反応です。

言葉にしてもうまく伝わらないのは当然のこと

これはあなたのせいではありません。心が閉じているときというのは、

感覚→言語化

この変換がうまくいかなくなる。

例え話をすると、このときあなたは「精密機械」、周りの人は「ざっくりとしたおもちゃ」なのです。

精密機械に、ノリで石を投げつけたら壊れる。

でも投げた側は、

「いや、そんなに大きな石じゃなかったし?」「深刻にしないでよ〜」

という感覚。この”精度の違い”が、あなたを苦しめます。

最後に

あなたは特性として、周囲の人の空気を読みすぎる(察知能力が高い)ときがあります。

これは善悪ではなく、誠実に、正確に、丁寧に世界を理解しようとしているだけ。

その能力は、とても価値があります。

ただ周りの多くの人は、”その精度に合わせて生きていないだけ”

これに尽きます。

もし苦しさを感じたときは、深読みしたくなっても一呼吸おいて、「その場の感情のノイズ」であることを意識して生きてみてください。

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